レイキ∞ANKH∞ ~ 日々の雑感 ~
ANKH~アンク~
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いつも、あっという間に6週が過ぎて、ブログが自分の番になってしまいます。
毎回、内容には苦労するのですが、今回も、何を書こう?と
頭をひねって手持ちの札を並べてみましたが、
生活のせいでしょうか。当たらず触らず一般向け、な札が見つかりません!
「一般向けだったことはないんだから諦めろ!」という突っ込みが、
2番、4番ちゃん辺りから聞こえてきそうなので、
開き直って、新玉の年にふさわしい?と、思われる話題を。
去年は激動の年でございました。
アセンション(地球規模の次元上昇。分からない人は調べてみよう!)が
音を立てて本格的に動き始め、試行錯誤しながらも、
キッパリとその線引きが出来た年になりました。
そして2008年元旦の、きれいに晴れた夜空を眺めているときに、
『神話の時代が始まる。』というメッセージを受け取りました。
(どこから?という突っ込みはナシですっ!実績と才能と慣れです。(笑))
確かに地球がアセンションした今、人の心の使い方は、
新しい環境を得て、どんどん個性化して自由になっていくでしょう。
その結果、人の心の奥のほうのひだに隠されていたものが現象化していきます。
その余波として、今までは大衆の合意が得られなかったことで、
神話の部類に入れられてきた事柄が、どんどん表出してきては、
大衆の認知するところとなっていくかもしれません。
(たとえば宇宙人とかね。)
でも私には、神話を読むと感じる、あの辻褄の合わなさや、落ちのなさ、
なのに生々しいまでの新鮮さなんかが、
これからのアセンションした地球のイメージと重なります。
社会の制約から解き放たれて、
個人の法則に則って動き始めた人の心が創る新しい関係性は、
きっと、辻褄が合ったり、落ちがあったりする必要はないのでしょう。
風に吹かれつづける砂漠や、くるくると廻りつづける万華鏡のように、
その時その場の、心模様の美しさ、愛しさ。
それを共有しあって、時と人が流れていくのではないかと思うのです。
未来を美化しすぎると思う人もいるかも知れませんが、
人の心の奥底には、意外と綺麗なものしか仕舞っていないものですから。
毎回、内容には苦労するのですが、今回も、何を書こう?と
頭をひねって手持ちの札を並べてみましたが、
生活のせいでしょうか。当たらず触らず一般向け、な札が見つかりません!
「一般向けだったことはないんだから諦めろ!」という突っ込みが、
2番、4番ちゃん辺りから聞こえてきそうなので、
開き直って、新玉の年にふさわしい?と、思われる話題を。
去年は激動の年でございました。
アセンション(地球規模の次元上昇。分からない人は調べてみよう!)が
音を立てて本格的に動き始め、試行錯誤しながらも、
キッパリとその線引きが出来た年になりました。
そして2008年元旦の、きれいに晴れた夜空を眺めているときに、
『神話の時代が始まる。』というメッセージを受け取りました。
(どこから?という突っ込みはナシですっ!実績と才能と慣れです。(笑))
確かに地球がアセンションした今、人の心の使い方は、
新しい環境を得て、どんどん個性化して自由になっていくでしょう。
その結果、人の心の奥のほうのひだに隠されていたものが現象化していきます。
その余波として、今までは大衆の合意が得られなかったことで、
神話の部類に入れられてきた事柄が、どんどん表出してきては、
大衆の認知するところとなっていくかもしれません。
(たとえば宇宙人とかね。)
でも私には、神話を読むと感じる、あの辻褄の合わなさや、落ちのなさ、
なのに生々しいまでの新鮮さなんかが、
これからのアセンションした地球のイメージと重なります。
社会の制約から解き放たれて、
個人の法則に則って動き始めた人の心が創る新しい関係性は、
きっと、辻褄が合ったり、落ちがあったりする必要はないのでしょう。
風に吹かれつづける砂漠や、くるくると廻りつづける万華鏡のように、
その時その場の、心模様の美しさ、愛しさ。
それを共有しあって、時と人が流れていくのではないかと思うのです。
未来を美化しすぎると思う人もいるかも知れませんが、
人の心の奥底には、意外と綺麗なものしか仕舞っていないものですから。
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